avalon-00のブログ

気が向いたら更新します。

虚像の自分

 

 

本当の自分は違うのに…

 


少しでもそう思う経験があった為このブログを書き始めた。

 

 

今回も長いです。ご了承ください

 

 

 

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自分はどう見えているのか。


まずは「自分の面」について考える

 

 

・ブログを書く時の自分(現在)

・学校で授業を受けている時の自分

・クラスメイトと会話している時の自分

・気の知れた友人と喋っている時の自分

・家でゆっくりしている時の自分

SNSを見る時の自分

・自担を見ている時の自分

・1人でいる時の自分(話さない限り他人は知らない)

・夢の中の自分(記憶が曖昧)

・自分が知らない自分(他人が知っている面)

 

全てが自分の一部。

 

たくさんの自分が居る。

細かく分けたら更に多い。

 

 

 

 

本題に入る。
私自身は、気の知れた長い付き合いの友人とは気にせずよく喋る。そうでない友人とは話しすぎていないのかと常に不安になる。感情の違いか。

友人と話す際の一面でさえも分かれてしまう。

 

 

・・・

中高の時は友人以外の同級生には推しや趣味のことを深く話していなかった。

世間体を気にする、どう思われるのか不安。


…自分の自己像を被っていた。無理している自分が居た。誰も求めていないのに勝手に決め付ける。

 


本当の自分は違う。偽物の自分を演じていた。…いや、本当に偽物なのか?

 

 

 

そのような感情は主に小学校高学年で形成された。変化の時期であるのか。

 

 

幼稚園生の時や小学校低学年の時は同級生と幅広く遊んでいた。中学年である程度固定的な友人を持ち、同級生と友人との違いを区別し始めた。


小学校高学年からは本当の自分を見せなくなった。そして人見知りも強くなり、自分から話しかけることが出来ない。″友人″の友人と交流し、仲良くなった。
(″人見知り″に関しては幼少期からあったが)

 

交流が狭くなっていく。

 

 

そして、思い当たる節があった出来事。

 

中高生のどこか。

 

自分の知らないところで虚像が出来上がり、それによって同級生に話しかけられることもあった。
誰かが作り上げた私の像。自分と少し離れていた。

少し居づらい環境だった。少しずつ解消はされたが。

 


その影響も相まってとにかく周りの目が気になる。

 

 

 

本当は自意識過剰で被害妄想も激しい。さらに以前は相手に勝手な偏見を持って接する時期もあった。


どう思われているのか。不安になる。
だから本当のことを言えなかった。どうにかしようと繕う自分。

 

 


勝手な偏見。例えば…
「クラス替えをした日にこの人は静かで合いそう?又はこの人は少し苦手かも…」
と話してもいないのに勝手にそう思ってしまう。偏見だらけ。

実際には物腰の柔らかな話しやすい人だったりする。
食わず嫌いのような現象。(勿体ない)


自分がそんな人間だから相手も似たようなことを思っているのかと思い込む。負の連鎖。

 

 

…偏見で人を見ている。
そうだと気づいた時は申し訳ない気持ちになった。

自分だって虚像を作っている張本人じゃないか。

 

 


一体、何に怯えているのか。
見えないものか?

本当の自分から逃げていたのか………

 

 

自分の面と向き合おう。そう思った。

 

 

 

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今回の矢花さんのブログを読んだ時、

 

「アイドルやれる人って 狂ってる」

(2019年1月放送・RIDEONTIME)


この言葉を思い出した。

NEWSの加藤シゲアキさんの言葉だ。

 

 

 

 

私は自担、推しを知っていくほどに知らないことを見つけていく。その人を作り出したひとつひとつが素敵なポイント。チャームポイント。


個人的で見せない顔があってもいいと感じる。(それが例え何かと違っていたとしても本人の在り方だから。素敵な一面だと思う。)

 

 

"アイドル"は偶像だから実際には見えない。解釈や理想像も人によって違う。

ネットにある理想像を見てもどうか、気負わないで…

 

もちろん、普段からアイドルのまま、テレビ内での姿のままでいる方も存在する。それも個性のひとつで素敵なこと。

 

どんな所や環境・状況でも"アイドルとしての自分"が付きまとって気苦労も多いはず。それでもステージ上やアイドルとして見せる顔は常にいつもと同じ。

 

 

 

私は"アイドル"という職業を尊敬している。言うまでもないがもちろん自分にはできないこと。そして並大抵の努力では成り立たない。

 

ただ、なんでもない自分にはその裏側の苦労は少ししか分からない。心の底から深く共感することも難しい。

 

素晴らしいステージを見た後に感情が動く。その当日までに費やした時間と努力、見せてくれた裏側を少し知って想像することしか出来ない。そして全力で推す。そればかりだ。

 

 

 

 


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これまでの矢花さんのブログに一貫したもの、繋がりを感じる。
自分でメモ書きをしていてそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

・・・

私にはありきたりなことしか言えない…。誤解を招くのではないかと想像して削った箇所も多い。

そんな自分は周りからどう見えているのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 


P.S. お題の件
リストに起こします。

(既出のものがあったらすみません。)


・矢花さん視点のアイドル観~ブログver.~ (矢花さんの言葉、文章で改めて知りたい。)
・傾聴や共感、話を引き出す時に意識していること。(相手の話を聞かない自分自身が嫌で悩み。気をつけている点があれば聞いてみたい。)
・″可愛い″の定義。(以前、考えたことがあった。)
・便利な言葉。意味の捉えられかた
・不協和音や雑音。(音楽的な面と思考の面)

 

・楽曲の話をもっと聞いてみたい。
・クリエで披露したソロ曲の選曲理由
・(海外と表現のされ方が違う)擬音語